競技パフォーマンスUP
(この記事は2017年11月に公開されました。)
今年から、三沢英生監督と森清之ヘッドコーチによる新体制となった東京大学アメリカンフットボール部ウォリアーズ。関東学生アメリカンフットボールリーグ・BIG8の制覇とTOP8への昇格、そして日本一という大目標を見すえ、ストレングスを重視したチーム作りの方針を掲げた。
春から夏場にかけて、チームはフィジカル強化とファンダメンタル向上に努めた。オープン戦の結果は芳しいものではなかったが、選手達は週4回、日中にドームアスリートハウスや学内の施設でウエイトトレーニングを行い、夕方から夜まで、本郷キャンパス内のグラウンドで厳しい練習に励んだ。
そして9月、本番となる関東大学アメリカンフットボール1部リーグBIG8が開幕。初戦の相手は、春のオープン戦でいいところなく敗れた桜美林大スリーネイルズクラウンズ。リーグ戦最大の山場と思われたこの試合。東大はキッキングで主導権を握りつつ、随所でターンオーバーを奪って38対14で快勝する。
森清之ヘッドコーチ
リーグ優勝そしてTOP8昇格に向け、幸先のいいスタートを切ったと思われた。しかし、チームはここで痛手を負う。この試合を境に、主力選手に負傷者が続出したのだ。
森清之ヘッドコーチは語る。
「もともとのプランは、第一節の桜美林戦を乗り切った後、比較的優位な対戦となる第二~四節の間でチーム力を底上げする、というものでした。しかし第二節以降、2年生のほとんど経験の少ない選手を多数起用せざるを得ず、それどころではありませんでした」
だが、経験の少ない選手達の予想以上の頑張りでリーグ戦3試合をどうにか乗り切れたことは、逆に大きな収穫となった。
「地道にフィジカルを鍛え、ファンダメンタルを反復し、ミーティングを重ねた。それだけで、何か特別なことをしたわけではありません。そもそも、ケガ人が出たからと急遽詰め込んだところで、ベースとなるフィジカルとファンダメンタルがなければリーグ戦を乗り切れません。
今回、穴埋めをしてくれた2年生の中には、春には試合に出られなかった選手もいます。結果が出なかった春も彼らは地道にトレーニングを重ね、ファンダメンタルを固め、ミーティングを積み重ねてきた。腐らずに準備をしてきたからこそ、このタイミングで回って来たチャンスをつかむことができたのだと思います」
森清之ヘッドコーチ
東大が今年所属する関東大学1部リーグBIG8は、各チームの実力が拮抗。どのチームが優勝してもおかしくない状態にあり、上位2校は関東大学1部リーグTOP8の下位2チームとのチャレンジマッチに出場する。
桜美林との開幕戦を乗り切ったチームは主力選手を欠く中、東海大、一橋大、東京学芸大に勝利。第五節の国士舘大戦には敗れたものの、4勝1敗で横浜国立大に次ぐ2位をキープ。依然としてチャレンジマッチ出場圏内におり、ムードは決して悲観的ではない。どのチームも個々の能力が高いBIG8の中で、東大がどうにか2位につけられている理由の一つが、フィジカルの向上によって安定したゲーム運びができていることだ。
「試合の中で、ミスがミスを呼ぶ状況が生まれることがよくあります。試合をトータルで考えると、ミスが一つ出ても、ほとんどの場合はすぐさま勝敗を決する事態にはなりません。これは、後になって冷静に考えればわかることなのですが、試合中にミスを気にしすぎてマイナス思考に陥ると、チームは崩れます。
ミスで焦りが生じ、普段通りのプレーができなくなり、それが次のミスを生む。そしてさらに焦り、傷口がどんどん広がっていく。これが典型的な自滅のパターンです。ところが今年のチームは今のところ、そういった自滅がほとんどありません。試合の中で多少思うようにいかない時間帯があっても、選手達はパニックにならず、どっしり構えられている。つまり、選手が自信を持ってプレーできている。この自信の根拠となっているのが、フィジカルの向上です。一つずつ勝ちを重ねていくことで、自分達が今までやってきたトレーニングや練習がベストだったかは別ですが、少なくともいい方向には向かっているという確信を得られた。それが自信につながっている。
森清之ヘッドコーチ
例えばゲーム前、相手チームの選手達の身体つきを見ると、春は『みんなしっかりトレーニングを積んだ、いい身体をしているな』と感じました。ところが秋のシーズンになって、ウチの選手達と比較して相手チームを見ると『あれっ? この程度だったかな?』と思えるようになった。ウチの選手達は、特に下半身の厚みやお尻の大きさでは、どのチームにも負けていない。選手達も、正しいトレーニングを積んで身体を大きく、強くしてきた自負がある。だから、試合中に大崩れしにくい。春に手も足も出ず完敗した桜美林大に秋の初戦で勝てた理由も、フィジカルの向上が非常に大きかったと思います」
成果は、春にまるでゲインしなかったプレーが進むようになったことからも見て取れる。いくら試行錯誤しても進まなかった基本プレーで、安定したゲインを奪えるようになってきた。
「アサイメントを変更したり、トリッキーなプレーに逃げたりもせず、何の変哲もない基本プレーでヤード数を稼げるようになってきた。フィジカルの向上によって、一瞬のスピードやキレ、力強さなどの細かな部分が底上げされたのだと思います。
どれだけ質の高い練習をしても、それを実感できずに結果も出なければ、選手は本気になれません。いけそうだ、と思った時、人は初めて一段ギアを上げられる。そして自信をつけることで、フットボール選手としてのレベルがワンランク上がる。
今は日々の練習の中で、誰か一人ではなく全員のレベルを上げることができています。そのため、継続して同じメニューに取り組んでいても、練習自体の質が高まっている。選手達も今までできなかったことができるようになり、キツい練習でも楽しくやれている。できなかったことができるようになる楽しみを得られるので、もっとやる。その好循環ができつつあります」
森清之ヘッドコーチ
トレーニングと同じく、選手達が気を配っているのが栄養摂取だ。今年始まったのが、12人の選手を対象とした増量プロジェクト「BREAK THROUGH」。対象選手は1日3回の食事とサプリメントに加えて補食を摂り、体重アップとパフォーマンス向上を狙う。ニュートリションを担当する(当時)管理栄養士/公認スポーツ栄養士・斉藤裕子は語る。
「彼らのもともとの摂取カロリーを調べると、1日当たり3000kcal強しか摂っていない選手が多くいました。これは明らかに少ない。体重によって必要なカロリー数はもちろん異なりますが、できればプロテインを除いた食事だけの平均で4500kcalは摂ってほしい。
ポイントになるのが補食です。補食は小まめに摂ることが大事。何を食べるかについては、試合前の補食であればエネルギーが高く脂肪の少ないものを、とか、練習やトレーニングが終わった後はタンパク質をしっかり、といった基本的な指導にとどめています。具体的に『これを食べなさい』という指導はせずに、意図や理論を説明してその時の体調に合うものを毎日、自分で考えて選ぶように、とアドバイスして、今のところしっかりと実行できています。
私は、選手達の体感がすべてだと思っています。彼らに望むのは、自己管理能力をつけること。言われたことを言われた通りにやるのがすべてではダメ。『自分はこういうタイプだから、これを選択しています』と胸を張って言えるようになることが、今回の栄養サポートの目標です。例えば練習は17時からスタートするので、昼食から時間が空いてしまいます。人によって、その前後に補食が摂れるタイミングも異なるので、15時におにぎりを食べて調子よく動ける選手もいれば、胃がもたれて動けない選手もいる。いつ何を食べれば最後までしっかり練習をやり切れるか。それを選手が自分で考えることが大切なのです。
大学を卒業して競技を引退したら、栄養士の指導はありません。でも、毎日の食事は続きます。その時に、自分は今この状況で何を食べるべきかがわからない。それでは、今回のプロジェクトの目的が完全に達成されたとはいえません。自己管理能力を高め、卒業した後もちゃんと考えて食事を摂れるようになることが、本当の意味でのゴールです」
東大の選手の素晴らしいところが、多くの選手が『なぜそうなるのか』をきちんと理解し、それを自分だけのものにせず、周囲としっかり共有しようとすること。一人の選手に説明したことが共有され、他の選手にも伝播していく。そのサイクルができており、多くの選手が自分に必要な栄養素と食べるタイミングを考えることができている。これについて、森ヘッドコーチはこう語る。
「これを食べたらいい、という情報をみんなで自主的に交換をし合い、考えながら取り入れている。今回の対象になった12人を他の選手達が見て、参考にして情報を共有し合っているのは、すごくいい傾向です。12人だけがよくなるのではなく、彼らの頑張りがチーム全体に波及している。それが一番の狙いだったので、やってみてすごくよかったです。わからないことがあるとすぐに斉藤さんに質問するなど、積極的な姿勢で取り組むことができています。
いつ、どんな栄養を摂ればいいか。それをロジカルに説明をして、納得したらまず自分がやる。そして実際に効果が出れば、多少面倒でも決して面白くなくても、コツコツと続けられる。これは東大生の強みで、受験勉強に似ている部分。そういうことを子供のころからずっと続けてこれたから、今ここにいるわけです」
そして今回の増量プロジェクトは、チームにおける貴重なノウハウの積み上げとなった。
「当初は、練習がどんどん本格化して激しくなっていく夏からスタートしたプロジェクトなので、体重が減るのが普通、減らなければ御の字、減るのが当たり前という感覚でした。でも、正しいことをちゃんとやれば結果は出る。対象の12人以外の選手も含めて、一番暑くてリーグ戦の準備を最も行わねばならない時期に体重を増やせた。これにより、新たなスタンダードを構築できました」
古賀福丸選手
今回のプロジェクトで大きな成果を残したのが、3年生のワイドレシーバー、古賀福丸選手だ。今年の春にクォーターバックから転向。当初はイージーなキャッチミスも多かったが、コツコツとトレーニングに励み、立派なエース格へと成長を遂げた。
「身長178㎝に対し、体重は春まで約80㎏でした。プロジェクトを開始した8月の体重は82.9㎏で、そこから約2カ月で86.7㎏になりました。体重でプラス3.8㎏、骨格筋量でプラス1.3㎏という結果です。
最初にこのプロジェクトの話があった時、体重が増えることでプレーが鈍くなるのでは、という思いも多少はありました。でも春はチームが勝てていなかったし、自分も活躍できていなかった。『何かを変えなきゃいけない』という危機感もあり、せっかく選ばれたのだからやってみようと思いました。
身体を大きくできた理由は簡単で、食事量を増やせたからです。斉藤さんの説明を聞いて、まだまだ栄養を十分摂り切れていないことがわかりました。今まで、一般男性よりは多く食べていましたが、それでも1日3000kcalぐらい。そこで、時間がなくてもなるべくしっかり食べることを心がけました。
古賀福丸選手
朝昼晩の3食と週4日のトレーニング後のプロテインに加え、朝食と昼食の間にBar-X、昼食から練習開始までの間にパスタなどを食べています。今までは午後に少ししか食べていなかったところを、完全な1食に増やしました。そして夕方からの練習が終わるとすぐにR4とプロテインを飲み、帰りにコンビニでおにぎりなどを買って食べ、夕食は自宅で摂っています。実家住まいでグラウンドから40分程度と近いので、助かっています。朝食と夕食は自宅で母が作ってくれるので、そこは他の選手と比べても恵まれていると思います。
増量のためにはもちろん栄養をしっかり摂るのは当然ですが、なるべく食べたいものをたくさん食べることを意識しました。好きなものならば、それほどしんどい思いをせずともたくさん食べられます」
以前は練習量が増えると、比例して体重が減っていた。しかし食事内容を見直したことで、この夏から秋にかけて練習がハードになっても、体重を増やすことができた。また増量とパワーアップによってプレーの切れ味も増した、と語る。
古賀福丸選手
「例えば、捕球後のランアフターキャッチがよくなりましたし、コンタクトも強くなり、相手をしっかり押せる状況が増えました。今シーズン、まだロングパスをあまり捕れていないので、今後もっと捕りたいし、捕った後にロングゲインしたいです。体重については、90㎏ぐらいまで上げられたらいいですね」
古賀福丸選手
そんな古賀選手について、森ヘッドコーチは「春とは別人」と評する。
「春は試合に出ていたものの、大事なところでキャッチミスをしていました。チームとしてもなかなか結果が出ず『自分がもっとやらなきゃ』と焦る。でも体重は減っていくし、やればやるほど動きも悪くなる。そんな悪循環に陥っていた時もありました。
でもこのプロジェクトに取り組んでから、プレーも大きく変わりました。正直、春は、彼に投げるプレーコールが出た時は不安がありました。でも、今はまったく気にする必要がありません。夏から栄養摂取や体調管理を総合的に見直し、もう一度頑張ったことが、ここに来て結果に結びついている印象です。フィジカルアップに加え、一つ一つの練習をしっかりやったことで、春になかった自信が生まれている。いい意味で何も考えず、失敗を恐れず集中できています」
古賀選手の成長も含めて、今回のプロジェクトで得た知見は来年以降もブラッシュアップされながら受け継がれ、東大フットボールの貴重なノウハウとして積み上がっていくだろう。
「暑くてハードな練習を行う時期であっても、体重も骨格筋量も増やせる。それを自らの体験として語れる選手が生まれたことが、非常に大きいです。そしてこの取り組みが新たなスタンダードになることで、選手達のフィジカルに対する基準が上がっていく。例えば今まで、100㎏のラインズは大きいと言われていました。でもこういった取り組みを続ければ、その水準はいつか120㎏に上がる。そして『東大のラインズは120㎏あって一人前』という新たなスタンダードが生まれる。このサイクルを作っていきたい。
そして今年のチームがスタートした時から『TOP8で優勝争いができるチーム力』をスタンダード化することを目指してきました。でも現実を考えると、そこにはまだまだ至っていません。BIG8でリーグ戦を数試合重ねたところでたくさんケガ人が出てしまった現実を考えると、今は到底、TOP8を戦い抜けるレベルにはない。選手もそれを実感し、スタンダードを一つ上げねばならないことを、肌感覚で理解しているはずです」
リーグ戦はここから、いよいよ佳境に入る。11月19日に駒澤大、そして12月3日には横国大との対戦があり、ここで上位2校に入れば、TOP8のチームと戦うチャレンジマッチに進出する。今年のチーム最大の戦いはすぐそこだ。しかし、だからといってトレーニングを維持程度にとどめたり、疲れを取って調整することは考えていない。なぜなら、東大ウォリアーズはまだまだ発展途上のチームだからだ。まだ遠くにある高き目標に向かい、最後の最後まで進み続ける。チャレンジマッチ最後の1プレーが終わるまで、強くなることを目指す。彼らの目線の先には、伸びしろしかない。
(終わり)
Text:
前田成彦
DESIRE TO EVOLUTION編集長(株式会社ドーム コンテンツ企画部所属)。学生~社会人にてアメリカンフットボールを経験。趣味であるブラジリアン柔術の競技力向上、そして学生時代のベンチプレスMAX超えを目標に奮闘するも、誘惑に負け続ける日々を送る。お気に入りのマッスルメイトはホエイSP。
(この記事は2017年11月に公開されました。)
今年から、三沢英生監督と森清之ヘッドコーチによる新体制となった東京大学アメリカンフットボール部ウォリアーズ。関東学生アメリカンフットボールリーグ・BIG8の制覇とTOP8への昇格、そして日本一という大目標を見すえ、ストレングスを重視したチーム作りの方針を掲げた。
春から夏場にかけて、チームはフィジカル強化とファンダメンタル向上に努めた。オープン戦の結果は芳しいものではなかったが、選手達は週4回、日中にドームアスリートハウスや学内の施設でウエイトトレーニングを行い、夕方から夜まで、本郷キャンパス内のグラウンドで厳しい練習に励んだ。
そして9月、本番となる関東大学アメリカンフットボール1部リーグBIG8が開幕。初戦の相手は、春のオープン戦でいいところなく敗れた桜美林大スリーネイルズクラウンズ。リーグ戦最大の山場と思われたこの試合。東大はキッキングで主導権を握りつつ、随所でターンオーバーを奪って38対14で快勝する。
森清之ヘッドコーチ
リーグ優勝そしてTOP8昇格に向け、幸先のいいスタートを切ったと思われた。しかし、チームはここで痛手を負う。この試合を境に、主力選手に負傷者が続出したのだ。
森清之ヘッドコーチは語る。
「もともとのプランは、第一節の桜美林戦を乗り切った後、比較的優位な対戦となる第二~四節の間でチーム力を底上げする、というものでした。しかし第二節以降、2年生のほとんど経験の少ない選手を多数起用せざるを得ず、それどころではありませんでした」
だが、経験の少ない選手達の予想以上の頑張りでリーグ戦3試合をどうにか乗り切れたことは、逆に大きな収穫となった。
「地道にフィジカルを鍛え、ファンダメンタルを反復し、ミーティングを重ねた。それだけで、何か特別なことをしたわけではありません。そもそも、ケガ人が出たからと急遽詰め込んだところで、ベースとなるフィジカルとファンダメンタルがなければリーグ戦を乗り切れません。
今回、穴埋めをしてくれた2年生の中には、春には試合に出られなかった選手もいます。結果が出なかった春も彼らは地道にトレーニングを重ね、ファンダメンタルを固め、ミーティングを積み重ねてきた。腐らずに準備をしてきたからこそ、このタイミングで回って来たチャンスをつかむことができたのだと思います」
森清之ヘッドコーチ
東大が今年所属する関東大学1部リーグBIG8は、各チームの実力が拮抗。どのチームが優勝してもおかしくない状態にあり、上位2校は関東大学1部リーグTOP8の下位2チームとのチャレンジマッチに出場する。
桜美林との開幕戦を乗り切ったチームは主力選手を欠く中、東海大、一橋大、東京学芸大に勝利。第五節の国士舘大戦には敗れたものの、4勝1敗で横浜国立大に次ぐ2位をキープ。依然としてチャレンジマッチ出場圏内におり、ムードは決して悲観的ではない。どのチームも個々の能力が高いBIG8の中で、東大がどうにか2位につけられている理由の一つが、フィジカルの向上によって安定したゲーム運びができていることだ。
「試合の中で、ミスがミスを呼ぶ状況が生まれることがよくあります。試合をトータルで考えると、ミスが一つ出ても、ほとんどの場合はすぐさま勝敗を決する事態にはなりません。これは、後になって冷静に考えればわかることなのですが、試合中にミスを気にしすぎてマイナス思考に陥ると、チームは崩れます。
ミスで焦りが生じ、普段通りのプレーができなくなり、それが次のミスを生む。そしてさらに焦り、傷口がどんどん広がっていく。これが典型的な自滅のパターンです。ところが今年のチームは今のところ、そういった自滅がほとんどありません。試合の中で多少思うようにいかない時間帯があっても、選手達はパニックにならず、どっしり構えられている。つまり、選手が自信を持ってプレーできている。この自信の根拠となっているのが、フィジカルの向上です。一つずつ勝ちを重ねていくことで、自分達が今までやってきたトレーニングや練習がベストだったかは別ですが、少なくともいい方向には向かっているという確信を得られた。それが自信につながっている。
森清之ヘッドコーチ
例えばゲーム前、相手チームの選手達の身体つきを見ると、春は『みんなしっかりトレーニングを積んだ、いい身体をしているな』と感じました。ところが秋のシーズンになって、ウチの選手達と比較して相手チームを見ると『あれっ? この程度だったかな?』と思えるようになった。ウチの選手達は、特に下半身の厚みやお尻の大きさでは、どのチームにも負けていない。選手達も、正しいトレーニングを積んで身体を大きく、強くしてきた自負がある。だから、試合中に大崩れしにくい。春に手も足も出ず完敗した桜美林大に秋の初戦で勝てた理由も、フィジカルの向上が非常に大きかったと思います」
成果は、春にまるでゲインしなかったプレーが進むようになったことからも見て取れる。いくら試行錯誤しても進まなかった基本プレーで、安定したゲインを奪えるようになってきた。
「アサイメントを変更したり、トリッキーなプレーに逃げたりもせず、何の変哲もない基本プレーでヤード数を稼げるようになってきた。フィジカルの向上によって、一瞬のスピードやキレ、力強さなどの細かな部分が底上げされたのだと思います。
どれだけ質の高い練習をしても、それを実感できずに結果も出なければ、選手は本気になれません。いけそうだ、と思った時、人は初めて一段ギアを上げられる。そして自信をつけることで、フットボール選手としてのレベルがワンランク上がる。
今は日々の練習の中で、誰か一人ではなく全員のレベルを上げることができています。そのため、継続して同じメニューに取り組んでいても、練習自体の質が高まっている。選手達も今までできなかったことができるようになり、キツい練習でも楽しくやれている。できなかったことができるようになる楽しみを得られるので、もっとやる。その好循環ができつつあります」
森清之ヘッドコーチ
トレーニングと同じく、選手達が気を配っているのが栄養摂取だ。今年始まったのが、12人の選手を対象とした増量プロジェクト「BREAK THROUGH」。対象選手は1日3回の食事とサプリメントに加えて補食を摂り、体重アップとパフォーマンス向上を狙う。ニュートリションを担当する(当時)管理栄養士/公認スポーツ栄養士・斉藤裕子は語る。
「彼らのもともとの摂取カロリーを調べると、1日当たり3000kcal強しか摂っていない選手が多くいました。これは明らかに少ない。体重によって必要なカロリー数はもちろん異なりますが、できればプロテインを除いた食事だけの平均で4500kcalは摂ってほしい。
ポイントになるのが補食です。補食は小まめに摂ることが大事。何を食べるかについては、試合前の補食であればエネルギーが高く脂肪の少ないものを、とか、練習やトレーニングが終わった後はタンパク質をしっかり、といった基本的な指導にとどめています。具体的に『これを食べなさい』という指導はせずに、意図や理論を説明してその時の体調に合うものを毎日、自分で考えて選ぶように、とアドバイスして、今のところしっかりと実行できています。
私は、選手達の体感がすべてだと思っています。彼らに望むのは、自己管理能力をつけること。言われたことを言われた通りにやるのがすべてではダメ。『自分はこういうタイプだから、これを選択しています』と胸を張って言えるようになることが、今回の栄養サポートの目標です。例えば練習は17時からスタートするので、昼食から時間が空いてしまいます。人によって、その前後に補食が摂れるタイミングも異なるので、15時におにぎりを食べて調子よく動ける選手もいれば、胃がもたれて動けない選手もいる。いつ何を食べれば最後までしっかり練習をやり切れるか。それを選手が自分で考えることが大切なのです。
大学を卒業して競技を引退したら、栄養士の指導はありません。でも、毎日の食事は続きます。その時に、自分は今この状況で何を食べるべきかがわからない。それでは、今回のプロジェクトの目的が完全に達成されたとはいえません。自己管理能力を高め、卒業した後もちゃんと考えて食事を摂れるようになることが、本当の意味でのゴールです」
東大の選手の素晴らしいところが、多くの選手が『なぜそうなるのか』をきちんと理解し、それを自分だけのものにせず、周囲としっかり共有しようとすること。一人の選手に説明したことが共有され、他の選手にも伝播していく。そのサイクルができており、多くの選手が自分に必要な栄養素と食べるタイミングを考えることができている。これについて、森ヘッドコーチはこう語る。
「これを食べたらいい、という情報をみんなで自主的に交換をし合い、考えながら取り入れている。今回の対象になった12人を他の選手達が見て、参考にして情報を共有し合っているのは、すごくいい傾向です。12人だけがよくなるのではなく、彼らの頑張りがチーム全体に波及している。それが一番の狙いだったので、やってみてすごくよかったです。わからないことがあるとすぐに斉藤さんに質問するなど、積極的な姿勢で取り組むことができています。
いつ、どんな栄養を摂ればいいか。それをロジカルに説明をして、納得したらまず自分がやる。そして実際に効果が出れば、多少面倒でも決して面白くなくても、コツコツと続けられる。これは東大生の強みで、受験勉強に似ている部分。そういうことを子供のころからずっと続けてこれたから、今ここにいるわけです」
そして今回の増量プロジェクトは、チームにおける貴重なノウハウの積み上げとなった。
「当初は、練習がどんどん本格化して激しくなっていく夏からスタートしたプロジェクトなので、体重が減るのが普通、減らなければ御の字、減るのが当たり前という感覚でした。でも、正しいことをちゃんとやれば結果は出る。対象の12人以外の選手も含めて、一番暑くてリーグ戦の準備を最も行わねばならない時期に体重を増やせた。これにより、新たなスタンダードを構築できました」
古賀福丸選手
今回のプロジェクトで大きな成果を残したのが、3年生のワイドレシーバー、古賀福丸選手だ。今年の春にクォーターバックから転向。当初はイージーなキャッチミスも多かったが、コツコツとトレーニングに励み、立派なエース格へと成長を遂げた。
「身長178㎝に対し、体重は春まで約80㎏でした。プロジェクトを開始した8月の体重は82.9㎏で、そこから約2カ月で86.7㎏になりました。体重でプラス3.8㎏、骨格筋量でプラス1.3㎏という結果です。
最初にこのプロジェクトの話があった時、体重が増えることでプレーが鈍くなるのでは、という思いも多少はありました。でも春はチームが勝てていなかったし、自分も活躍できていなかった。『何かを変えなきゃいけない』という危機感もあり、せっかく選ばれたのだからやってみようと思いました。
身体を大きくできた理由は簡単で、食事量を増やせたからです。斉藤さんの説明を聞いて、まだまだ栄養を十分摂り切れていないことがわかりました。今まで、一般男性よりは多く食べていましたが、それでも1日3000kcalぐらい。そこで、時間がなくてもなるべくしっかり食べることを心がけました。
古賀福丸選手
朝昼晩の3食と週4日のトレーニング後のプロテインに加え、朝食と昼食の間にBar-X、昼食から練習開始までの間にパスタなどを食べています。今までは午後に少ししか食べていなかったところを、完全な1食に増やしました。そして夕方からの練習が終わるとすぐにR4とプロテインを飲み、帰りにコンビニでおにぎりなどを買って食べ、夕食は自宅で摂っています。実家住まいでグラウンドから40分程度と近いので、助かっています。朝食と夕食は自宅で母が作ってくれるので、そこは他の選手と比べても恵まれていると思います。
増量のためにはもちろん栄養をしっかり摂るのは当然ですが、なるべく食べたいものをたくさん食べることを意識しました。好きなものならば、それほどしんどい思いをせずともたくさん食べられます」
以前は練習量が増えると、比例して体重が減っていた。しかし食事内容を見直したことで、この夏から秋にかけて練習がハードになっても、体重を増やすことができた。また増量とパワーアップによってプレーの切れ味も増した、と語る。
古賀福丸選手
「例えば、捕球後のランアフターキャッチがよくなりましたし、コンタクトも強くなり、相手をしっかり押せる状況が増えました。今シーズン、まだロングパスをあまり捕れていないので、今後もっと捕りたいし、捕った後にロングゲインしたいです。体重については、90㎏ぐらいまで上げられたらいいですね」
古賀福丸選手
そんな古賀選手について、森ヘッドコーチは「春とは別人」と評する。
「春は試合に出ていたものの、大事なところでキャッチミスをしていました。チームとしてもなかなか結果が出ず『自分がもっとやらなきゃ』と焦る。でも体重は減っていくし、やればやるほど動きも悪くなる。そんな悪循環に陥っていた時もありました。
でもこのプロジェクトに取り組んでから、プレーも大きく変わりました。正直、春は、彼に投げるプレーコールが出た時は不安がありました。でも、今はまったく気にする必要がありません。夏から栄養摂取や体調管理を総合的に見直し、もう一度頑張ったことが、ここに来て結果に結びついている印象です。フィジカルアップに加え、一つ一つの練習をしっかりやったことで、春になかった自信が生まれている。いい意味で何も考えず、失敗を恐れず集中できています」
古賀選手の成長も含めて、今回のプロジェクトで得た知見は来年以降もブラッシュアップされながら受け継がれ、東大フットボールの貴重なノウハウとして積み上がっていくだろう。
「暑くてハードな練習を行う時期であっても、体重も骨格筋量も増やせる。それを自らの体験として語れる選手が生まれたことが、非常に大きいです。そしてこの取り組みが新たなスタンダードになることで、選手達のフィジカルに対する基準が上がっていく。例えば今まで、100㎏のラインズは大きいと言われていました。でもこういった取り組みを続ければ、その水準はいつか120㎏に上がる。そして『東大のラインズは120㎏あって一人前』という新たなスタンダードが生まれる。このサイクルを作っていきたい。
そして今年のチームがスタートした時から『TOP8で優勝争いができるチーム力』をスタンダード化することを目指してきました。でも現実を考えると、そこにはまだまだ至っていません。BIG8でリーグ戦を数試合重ねたところでたくさんケガ人が出てしまった現実を考えると、今は到底、TOP8を戦い抜けるレベルにはない。選手もそれを実感し、スタンダードを一つ上げねばならないことを、肌感覚で理解しているはずです」
リーグ戦はここから、いよいよ佳境に入る。11月19日に駒澤大、そして12月3日には横国大との対戦があり、ここで上位2校に入れば、TOP8のチームと戦うチャレンジマッチに進出する。今年のチーム最大の戦いはすぐそこだ。しかし、だからといってトレーニングを維持程度にとどめたり、疲れを取って調整することは考えていない。なぜなら、東大ウォリアーズはまだまだ発展途上のチームだからだ。まだ遠くにある高き目標に向かい、最後の最後まで進み続ける。チャレンジマッチ最後の1プレーが終わるまで、強くなることを目指す。彼らの目線の先には、伸びしろしかない。
(終わり)