競技パフォーマンスUP
「戦術やフォーメーションについて、特にこだわりはありません。大事なのは、今いる選手の力を最大限に出すこと。ただ間違いなく言えるのは、コツコツと努力できる東大生はウエイトトレーニングに向いている。ストレングスは、やればやっただけ強くなります。だから、ストレングスを重視したチームを作っていくのは、一つの答えでしょう。東大が私立の強豪大学に勝つには、ストレングスで上回る方がスキルで勝るよりも近道だと思います」
語るのは、東京大学アメリカンフットボール部ウォリアーズの森清之ヘッドコーチ。今年、チームは三沢英生監督と森清之ヘッドコーチによる新体制でリスタート。船出に当たって「未来を切り拓くフットボール」という理念を掲げた。
※インタビューは2017年6月に実施。
森清之ヘッドコーチ
「チームにかかわる学生一人一人に、未来を切り拓く人間になってほしい。東大の卒業生は社会に出れば、それぞれが組織や社会、国を引っ張るリーダーとなることを期待されます。そのためにも、大学生活でアメリカンフットボールに打ち込み、勝利を目指す過程で大切なことを学び取ってほしい。そして目標である日本一を達成するには、ストレングスで優位に立つことは必須でしょう。ここで劣勢を強いられているようでは、目標の達成など夢のまた夢です」
森ヘッドコーチは京都大在学時、日本選手権ライスボウル2連覇に守備の中心選手として貢献。卒業後は京都大学のフルタイムコーチ、NFLヨーロッパのアシスタントコーチを経てアサヒビールシルバースター、アサヒ飲料チャレンジャーズ、リクシル(鹿島)ディアーズなどのコーチを歴任。そして日本代表のヘッドコーチも務めてきた。
「京大の経験がありますから、東大の選手達のアスリートとしての能力は想像できていました。ただし、東大フットボールには長い歴史があり、育んできた独自のカルチャーも多い。意外なことにこだわったり、逆に意外なことを気にしなかったりと、就任当初は驚かされることも多々ありました。その中で少なくとも言えるのは、今の東大フットボールの環境はそれなりに厳しいということ。選手は授業にきちんと出席せねばなりませんし、高校でのフットボール経験者は少なく、京大のような食事やトレーニングのできる専用クラブハウスもありません。そしてグラウンドや部室など、学内施設の使用時間にも制限がある。そんな中で活動しているのが現状です。
しかし、東大フットボールには多くの強みもあります。代表的な強みが『持続する意志』。これはフットボールに限らず、成功するために最も大事なものだと思います。
そもそも東京大学に入るには、頭のよさだけでもダメ。頭がよく、かつ面白くもない受験勉強を長い時間続けられる意志の強さがなければ、ここにはいません。また、ロジカルに物事を考える選手が多いのも特徴。トレーニングについて、科学に基づいた説明を聞いてきちんと納得すれば、面白い面白くないに関わらずそれを地道に続けられる。そういう意味で、東大生はウエイトトレーニングにすごく向いています。
これぐらいの時期までにこれぐらい頑張れば、これぐらいの成果が出る。ということを見通すことができれば、彼らは誘惑に負けることなく、目標に集中できる。しかしその反面、やってみて、できるという確信がつかめないと、本気でのめり込まない。できる、できないを考えすぎて諦めたり、考えても結論の出ないことを考え始めて行動できなくなったりすることが時々あります。だからこそ選手達に、1年後、2年後、3年後の明確なビジョンを示すことが大事だと思っています」
森清之ヘッドコーチ
そんな彼らの日常のトレーニングは、どのような形で行われているのか。チームのストレングス&コンディショニングを担当するドームアスリートハウスの酒井啓介トレーナーに話を聞いた。
「今年は①筋肥大期②最大筋力向上期という二つのサイクルを、3週間ごとに繰り返していきます。そして授業やリーグ戦の日程などを考慮し、年間で4つのフェーズを設定。それぞれの終わりにMAX測定を行っています。
まず1月から3月末までがフェーズ1。ここでの目的は、年間を通じてしっかりトレーニングを行うための基礎作り。基礎的な筋力アップに加えて、関節の可動域もしっかり取らせ、正しいフォームを追求していきます。そして授業が始まる4月から6月末までがフェーズ2。ここではどんどん重さにチャレンジしていきます。春のオープン戦もありますが、試合のことは考えずに、とにかくパワーをつけていきます。
フェーズ3は春の試合を終えた7月から8月末まで。8月第1週に福島県いわき市で行う合宿までは、筋肥大と最大筋力向上を狙っていきます。そこから徐々に瞬発系のメニューを増やし、9月10日の開幕を迎える予定です。もちろん選手の疲労具合や達成度を見ながら変更していく可能性はありますが、初戦の1週間前からはトレーニングのボリュームを落とし、身体に軽く刺激を入れる程度で済ませて調整していくつもりです。
酒井啓介トレーナー
そして秋シーズンの開幕から終了までがフェーズ4。試合は2週間に一度なので、最初の1週はトレーニングのボリュームを高めて筋力を維持し、翌週は少し抜くことを繰り返していきます。より試合での動きに近づけるため、パワー系の種目を増やす他、飛んだり片足で跳ねたりするような瞬発系のメニューも多くしていきます。とはいえ最大筋力もできる限り上げていきたいし、ロースターに入っていない選手は調整など考えず、ガンガンやってもらいます」
現在のトレーニングノルマは週4回。授業の状況も考慮しつつ、多くの選手はドームアスリートハウスで週2日、残りの2日は学内の施設で日中に行う。そして練習は17時から本郷キャンパス内のグラウンドでスタートし、終了が20時過ぎ。そこから居残りで個人練習を行い、21時にはグラウンドから撤収。22時までに部室を出て、帰宅する。
「ウエイトトレーニングは17時までの間に空き時間を見つけて、自主的に行います。練習がすべて終わるのは22時ごろですが、選手の約7割が自宅から通学しており、中には2時間近くかけて通っている選手もいます。施設の使用時間も決まっており、できることはある程度、制限されてしまいます」
酒井啓介トレーナー
トレーニングと同時に、選手達が特に気を配っているのが栄養摂取である。ニュートリションを担当する株式会社ドームの管理栄養士/公認スポーツ栄養士・斉藤裕子は語る。
「選手全員に、まずは1日3回の食事をしっかり摂る他、トレーニングや練習後、就寝前などに各自プロテインを摂取してもらいます。それに加え補食として、運動前にうどん・そば・団子・カステラ・フルーツや100%ジュースなど、運動前後におにぎり・あんぱん・ジャムパン・フルーツ・100%ジュース、そして運動後におでん・魚肉ソーセージ・サラダチキン・低脂肪ヨーグルト・プリン・焼き鳥などを食べるように指導しています。
斉藤裕子 公認スポーツ栄養士
17~21時の練習時間ができれば1食入れてほしいタイミングと重なっており、難しい面もあります。自宅から通っている選手が7割ほどで、親が夕食を用意してくれる場合もありますが、多くの選手は練習後に夕食を摂ってから帰宅しています。練習後の夕食については、栄養のバランスが取れた定食をしっかり食べられるお店は周辺に数件だけで、あとはコンビニもしくは中華料理店になってしまいます。中華は油を多く使っていることが気になりますが、バンバンジーなど低脂肪高たんぱくのメニューをなるべく選び、野菜をしっかり食べるよう指導しています。
大切なのは、練習後のなるべく早い時間に糖質とたんぱく質を摂ってきちんとリカバリー作業をしてから夜ご飯を食べること。運動直後はとにかくベストなものを入れてほしいです。そして選手個々で自らの食事状況をチェックし、しっかりと自己管理ができるようになってほしいです」
斉藤裕子 公認スポーツ栄養士
そして森ヘッドコーチが選んだ12名に対し、食事のアドバイスやサプリメントの提供を行って増量をサポート。選手のスケジュールをもとに消費エネルギー量を算出し、必要なエネルギー量をチェックし、目標体重に向けた食事サポートと補食タイミングのアドバイスを実施している。
「彼らはプロテインに加えて、4種類のサプリメントを摂取しています。まず練習後にR4とプロテインを必ず飲んでリカバリーを行い、補食としてソイフィットプロテインバーを1日1本、プロテインドリンクPRO-Xを起床後もしくは朝食と昼食の間や、寝る時間が遅い場合は夕食と就寝前のプロテインの間に、グルタミンとチャージアップを就寝前に飲んでもらっています。
彼らの素晴らしい部分は、多くの選手が『なぜそうなるのか』をきちんと理解しようとすること。例えば一人の選手に何かを説明していると、他の選手もそこに集まってきて内容を聞いて理解し、確認し合い、教え合うことがよくあります。みんなとても真面目で熱心ですね。多くの選手が必要な栄養素と食べるタイミングを自分なりに考えて、食事をチョイスできています」
今回選考した12人の選手について森ヘッドコーチは、学年やポジションにこだわらず『こいつが変わったらチームも変わる』と思える選手を選んだと語る。
「運動神経に恵まれすでに強い選手もいれば、決して飛び抜けた存在ではないけれど、真面目にコツコツと努力している選手もいます。彼らが『こいつが本気でやればここまで行ける』というものを見せてくれることで、チーム全体にいい刺激を与えてくれることを期待しています。今のところ、選ばれた選手はみんな一所懸命やっています。彼らのストレングスが強化され、プレーに生きてくれば、他の選手に与える影響は大きいはずです」
地道なウエイトトレーニングをコツコツと継続でき、トレーニングや栄養の理論を積極的に理解しようとする。これは東大の選手達の大きな強みだ。しかし反面、そのクレバーさが裏目に出ることもある。
「例えばチームにすごく強い選手がいるとします。その選手のベンチプレスのMAXが120㎏だとすると、多くの選手がそれぐらいの重さで勝手に壁を作ってしまう。150㎏、200㎏を挙げることは別次元のことで無理だと考えてしまい、挙げることをイメージしようとしない。つまり、勝手に限界を作ってしまう。
選手達はいい意味でバカにならなくてはいけない。もちろん、トレーニングは頭を使ってロジカルにやるべきもの。でも、そのロジックを信じ込んで常識の範囲内でトレーニングしていても、想定内の小さな器の中で自分なりにしか頑張れない。そこをブレイクスルーするには真面目にコツコツとやるだけではなく、少し違ったセンスが必要。理屈を乗り越えてバカになる、少しクレイジーな感覚も必要。選手にはそこを理解してほしいです。
日本一になるために倒さねばならない強豪私立大学の選手達は、大半が高校時代に何らかのスポーツで一流だったはず。しかもその選手達が恵まれた環境の中で、いいコーチについて頑張っている。彼らに、スポーツをほとんどまともにやったことのないような連中が、いろんな手かせ足かせのある状況で立ち向かっていくわけです。ロジカルに考えていけば、東大フットボールに日本一は無理、という結論になってしまう。そもそも東大フットボールが日本一になるなんて、常識外れも甚だしい話。常識の範囲内でやっているようじゃ、日本一は絶対に無理です。だから、比較的向いているであろうウェイトトレーニングに、バカになって必死で取り組んでみる。その結果、常識を超えて突き抜ける奴が何人が出てきて、周囲の奴がそれに感化され、チーム全体がブレイクスルーしていく。そんな効果を期待しています」
秋のリーグ初戦の相手は、春のオープン戦で敗れた桜美林大。東大が今年所属する関東大学1部リーグBIG8は、各チームの実力が拮抗。どのチームが優勝してもおかしくない。そして上位2校は関東大学1部リーグTOP8とのチャレンジマッチに進出し、下位4校は関東大学2部リーグとの入れ替え戦に臨む。トータルで3カ月を超える長丁場の戦い。問われるのはチームの総合力だ。
「ウチは選手層がそれほど厚くないので、主力にケガ人が出るとすべてが変わってしまう。ですから、いかに負傷者を出さずにリーグ戦を乗り切るかがポイントになります。でも、一人の負傷者も出ない負荷の少ない練習で東大が強くなれるかというと、そこには疑問が残る。ハードでプレーをする強いチームを作ろうと思ったら、タフな練習はどうしても必要。そこの兼ね合いがポイントになってくるでしょう。もちろんそれは、闇雲にハードな練習をしよう、ということではありません。
森清之ヘッドコーチ
リーグ戦を戦うことは”綱渡り”のようなもの。舗装された広い道を進むではなく、どこかで間違ったら谷底に落ち、命を落とすかもしれない。すべてが崩壊するリスクを背負いながら、どこかで思い切った賭けに出て、チームを作っていかねばなりません。厳しさを突き詰めて、ギリギリの綱渡りをフィニッシュできないと、未来はない。安全な道をゆっくりと慎重に走っていたら、目標になんて到底たどり着けない。東大とはそういうチームです。
危険な綱渡りでも決してやけにならず、時にクレイジーになりながらもすべてを冷静に判断し、渡り切る。困難なことです。でも、われわれはそこにチャレンジするしかない。だから選手達には、自分の中では何だかよくわからないことでも「いっちょやってみよう!」と飛び込んでいく勇気を持ってほしいです」
森清之ヘッドコーチ
8月に法政オレンジと合同で行う合宿を経て、リーグ戦を迎える東大ウォリアーズ。コツコツと積み上げたストレングスをベースにした「未来を切り拓くフットボール」。その真価が問われる秋を前に、この夏も肉体をひたすら研鑽する。
※ソイフィットプロテインバーとチャージアップは現在終売しております。
Text:
前田成彦
DESIRE TO EVOLUTION編集長(株式会社ドーム コンテンツ企画部所属)。学生~社会人にてアメリカンフットボールを経験。趣味であるブラジリアン柔術の競技力向上、そして学生時代のベンチプレスMAX超えを目標に奮闘するも、誘惑に負け続ける日々を送る。お気に入りのマッスルメイトはホエイSP。
「戦術やフォーメーションについて、特にこだわりはありません。大事なのは、今いる選手の力を最大限に出すこと。ただ間違いなく言えるのは、コツコツと努力できる東大生はウエイトトレーニングに向いている。ストレングスは、やればやっただけ強くなります。だから、ストレングスを重視したチームを作っていくのは、一つの答えでしょう。東大が私立の強豪大学に勝つには、ストレングスで上回る方がスキルで勝るよりも近道だと思います」
語るのは、東京大学アメリカンフットボール部ウォリアーズの森清之ヘッドコーチ。今年、チームは三沢英生監督と森清之ヘッドコーチによる新体制でリスタート。船出に当たって「未来を切り拓くフットボール」という理念を掲げた。
※インタビューは2017年6月に実施。
森清之ヘッドコーチ
「チームにかかわる学生一人一人に、未来を切り拓く人間になってほしい。東大の卒業生は社会に出れば、それぞれが組織や社会、国を引っ張るリーダーとなることを期待されます。そのためにも、大学生活でアメリカンフットボールに打ち込み、勝利を目指す過程で大切なことを学び取ってほしい。そして目標である日本一を達成するには、ストレングスで優位に立つことは必須でしょう。ここで劣勢を強いられているようでは、目標の達成など夢のまた夢です」
森ヘッドコーチは京都大在学時、日本選手権ライスボウル2連覇に守備の中心選手として貢献。卒業後は京都大学のフルタイムコーチ、NFLヨーロッパのアシスタントコーチを経てアサヒビールシルバースター、アサヒ飲料チャレンジャーズ、リクシル(鹿島)ディアーズなどのコーチを歴任。そして日本代表のヘッドコーチも務めてきた。
「京大の経験がありますから、東大の選手達のアスリートとしての能力は想像できていました。ただし、東大フットボールには長い歴史があり、育んできた独自のカルチャーも多い。意外なことにこだわったり、逆に意外なことを気にしなかったりと、就任当初は驚かされることも多々ありました。その中で少なくとも言えるのは、今の東大フットボールの環境はそれなりに厳しいということ。選手は授業にきちんと出席せねばなりませんし、高校でのフットボール経験者は少なく、京大のような食事やトレーニングのできる専用クラブハウスもありません。そしてグラウンドや部室など、学内施設の使用時間にも制限がある。そんな中で活動しているのが現状です。
しかし、東大フットボールには多くの強みもあります。代表的な強みが『持続する意志』。これはフットボールに限らず、成功するために最も大事なものだと思います。
そもそも東京大学に入るには、頭のよさだけでもダメ。頭がよく、かつ面白くもない受験勉強を長い時間続けられる意志の強さがなければ、ここにはいません。また、ロジカルに物事を考える選手が多いのも特徴。トレーニングについて、科学に基づいた説明を聞いてきちんと納得すれば、面白い面白くないに関わらずそれを地道に続けられる。そういう意味で、東大生はウエイトトレーニングにすごく向いています。
これぐらいの時期までにこれぐらい頑張れば、これぐらいの成果が出る。ということを見通すことができれば、彼らは誘惑に負けることなく、目標に集中できる。しかしその反面、やってみて、できるという確信がつかめないと、本気でのめり込まない。できる、できないを考えすぎて諦めたり、考えても結論の出ないことを考え始めて行動できなくなったりすることが時々あります。だからこそ選手達に、1年後、2年後、3年後の明確なビジョンを示すことが大事だと思っています」
森清之ヘッドコーチ
そんな彼らの日常のトレーニングは、どのような形で行われているのか。チームのストレングス&コンディショニングを担当するドームアスリートハウスの酒井啓介トレーナーに話を聞いた。
「今年は①筋肥大期②最大筋力向上期という二つのサイクルを、3週間ごとに繰り返していきます。そして授業やリーグ戦の日程などを考慮し、年間で4つのフェーズを設定。それぞれの終わりにMAX測定を行っています。
まず1月から3月末までがフェーズ1。ここでの目的は、年間を通じてしっかりトレーニングを行うための基礎作り。基礎的な筋力アップに加えて、関節の可動域もしっかり取らせ、正しいフォームを追求していきます。そして授業が始まる4月から6月末までがフェーズ2。ここではどんどん重さにチャレンジしていきます。春のオープン戦もありますが、試合のことは考えずに、とにかくパワーをつけていきます。
フェーズ3は春の試合を終えた7月から8月末まで。8月第1週に福島県いわき市で行う合宿までは、筋肥大と最大筋力向上を狙っていきます。そこから徐々に瞬発系のメニューを増やし、9月10日の開幕を迎える予定です。もちろん選手の疲労具合や達成度を見ながら変更していく可能性はありますが、初戦の1週間前からはトレーニングのボリュームを落とし、身体に軽く刺激を入れる程度で済ませて調整していくつもりです。
酒井啓介トレーナー
そして秋シーズンの開幕から終了までがフェーズ4。試合は2週間に一度なので、最初の1週はトレーニングのボリュームを高めて筋力を維持し、翌週は少し抜くことを繰り返していきます。より試合での動きに近づけるため、パワー系の種目を増やす他、飛んだり片足で跳ねたりするような瞬発系のメニューも多くしていきます。とはいえ最大筋力もできる限り上げていきたいし、ロースターに入っていない選手は調整など考えず、ガンガンやってもらいます」
現在のトレーニングノルマは週4回。授業の状況も考慮しつつ、多くの選手はドームアスリートハウスで週2日、残りの2日は学内の施設で日中に行う。そして練習は17時から本郷キャンパス内のグラウンドでスタートし、終了が20時過ぎ。そこから居残りで個人練習を行い、21時にはグラウンドから撤収。22時までに部室を出て、帰宅する。
「ウエイトトレーニングは17時までの間に空き時間を見つけて、自主的に行います。練習がすべて終わるのは22時ごろですが、選手の約7割が自宅から通学しており、中には2時間近くかけて通っている選手もいます。施設の使用時間も決まっており、できることはある程度、制限されてしまいます」
酒井啓介トレーナー
トレーニングと同時に、選手達が特に気を配っているのが栄養摂取である。ニュートリションを担当する株式会社ドームの管理栄養士/公認スポーツ栄養士・斉藤裕子は語る。
「選手全員に、まずは1日3回の食事をしっかり摂る他、トレーニングや練習後、就寝前などに各自プロテインを摂取してもらいます。それに加え補食として、運動前にうどん・そば・団子・カステラ・フルーツや100%ジュースなど、運動前後におにぎり・あんぱん・ジャムパン・フルーツ・100%ジュース、そして運動後におでん・魚肉ソーセージ・サラダチキン・低脂肪ヨーグルト・プリン・焼き鳥などを食べるように指導しています。
斉藤裕子 公認スポーツ栄養士
17~21時の練習時間ができれば1食入れてほしいタイミングと重なっており、難しい面もあります。自宅から通っている選手が7割ほどで、親が夕食を用意してくれる場合もありますが、多くの選手は練習後に夕食を摂ってから帰宅しています。練習後の夕食については、栄養のバランスが取れた定食をしっかり食べられるお店は周辺に数件だけで、あとはコンビニもしくは中華料理店になってしまいます。中華は油を多く使っていることが気になりますが、バンバンジーなど低脂肪高たんぱくのメニューをなるべく選び、野菜をしっかり食べるよう指導しています。
大切なのは、練習後のなるべく早い時間に糖質とたんぱく質を摂ってきちんとリカバリー作業をしてから夜ご飯を食べること。運動直後はとにかくベストなものを入れてほしいです。そして選手個々で自らの食事状況をチェックし、しっかりと自己管理ができるようになってほしいです」
斉藤裕子 公認スポーツ栄養士
そして森ヘッドコーチが選んだ12名に対し、食事のアドバイスやサプリメントの提供を行って増量をサポート。選手のスケジュールをもとに消費エネルギー量を算出し、必要なエネルギー量をチェックし、目標体重に向けた食事サポートと補食タイミングのアドバイスを実施している。
「彼らはプロテインに加えて、4種類のサプリメントを摂取しています。まず練習後にR4とプロテインを必ず飲んでリカバリーを行い、補食としてソイフィットプロテインバーを1日1本、プロテインドリンクPRO-Xを起床後もしくは朝食と昼食の間や、寝る時間が遅い場合は夕食と就寝前のプロテインの間に、グルタミンとチャージアップを就寝前に飲んでもらっています。
彼らの素晴らしい部分は、多くの選手が『なぜそうなるのか』をきちんと理解しようとすること。例えば一人の選手に何かを説明していると、他の選手もそこに集まってきて内容を聞いて理解し、確認し合い、教え合うことがよくあります。みんなとても真面目で熱心ですね。多くの選手が必要な栄養素と食べるタイミングを自分なりに考えて、食事をチョイスできています」
今回選考した12人の選手について森ヘッドコーチは、学年やポジションにこだわらず『こいつが変わったらチームも変わる』と思える選手を選んだと語る。
「運動神経に恵まれすでに強い選手もいれば、決して飛び抜けた存在ではないけれど、真面目にコツコツと努力している選手もいます。彼らが『こいつが本気でやればここまで行ける』というものを見せてくれることで、チーム全体にいい刺激を与えてくれることを期待しています。今のところ、選ばれた選手はみんな一所懸命やっています。彼らのストレングスが強化され、プレーに生きてくれば、他の選手に与える影響は大きいはずです」
地道なウエイトトレーニングをコツコツと継続でき、トレーニングや栄養の理論を積極的に理解しようとする。これは東大の選手達の大きな強みだ。しかし反面、そのクレバーさが裏目に出ることもある。
「例えばチームにすごく強い選手がいるとします。その選手のベンチプレスのMAXが120㎏だとすると、多くの選手がそれぐらいの重さで勝手に壁を作ってしまう。150㎏、200㎏を挙げることは別次元のことで無理だと考えてしまい、挙げることをイメージしようとしない。つまり、勝手に限界を作ってしまう。
選手達はいい意味でバカにならなくてはいけない。もちろん、トレーニングは頭を使ってロジカルにやるべきもの。でも、そのロジックを信じ込んで常識の範囲内でトレーニングしていても、想定内の小さな器の中で自分なりにしか頑張れない。そこをブレイクスルーするには真面目にコツコツとやるだけではなく、少し違ったセンスが必要。理屈を乗り越えてバカになる、少しクレイジーな感覚も必要。選手にはそこを理解してほしいです。
日本一になるために倒さねばならない強豪私立大学の選手達は、大半が高校時代に何らかのスポーツで一流だったはず。しかもその選手達が恵まれた環境の中で、いいコーチについて頑張っている。彼らに、スポーツをほとんどまともにやったことのないような連中が、いろんな手かせ足かせのある状況で立ち向かっていくわけです。ロジカルに考えていけば、東大フットボールに日本一は無理、という結論になってしまう。そもそも東大フットボールが日本一になるなんて、常識外れも甚だしい話。常識の範囲内でやっているようじゃ、日本一は絶対に無理です。だから、比較的向いているであろうウェイトトレーニングに、バカになって必死で取り組んでみる。その結果、常識を超えて突き抜ける奴が何人が出てきて、周囲の奴がそれに感化され、チーム全体がブレイクスルーしていく。そんな効果を期待しています」
秋のリーグ初戦の相手は、春のオープン戦で敗れた桜美林大。東大が今年所属する関東大学1部リーグBIG8は、各チームの実力が拮抗。どのチームが優勝してもおかしくない。そして上位2校は関東大学1部リーグTOP8とのチャレンジマッチに進出し、下位4校は関東大学2部リーグとの入れ替え戦に臨む。トータルで3カ月を超える長丁場の戦い。問われるのはチームの総合力だ。
「ウチは選手層がそれほど厚くないので、主力にケガ人が出るとすべてが変わってしまう。ですから、いかに負傷者を出さずにリーグ戦を乗り切るかがポイントになります。でも、一人の負傷者も出ない負荷の少ない練習で東大が強くなれるかというと、そこには疑問が残る。ハードでプレーをする強いチームを作ろうと思ったら、タフな練習はどうしても必要。そこの兼ね合いがポイントになってくるでしょう。もちろんそれは、闇雲にハードな練習をしよう、ということではありません。
森清之ヘッドコーチ
リーグ戦を戦うことは”綱渡り”のようなもの。舗装された広い道を進むではなく、どこかで間違ったら谷底に落ち、命を落とすかもしれない。すべてが崩壊するリスクを背負いながら、どこかで思い切った賭けに出て、チームを作っていかねばなりません。厳しさを突き詰めて、ギリギリの綱渡りをフィニッシュできないと、未来はない。安全な道をゆっくりと慎重に走っていたら、目標になんて到底たどり着けない。東大とはそういうチームです。
危険な綱渡りでも決してやけにならず、時にクレイジーになりながらもすべてを冷静に判断し、渡り切る。困難なことです。でも、われわれはそこにチャレンジするしかない。だから選手達には、自分の中では何だかよくわからないことでも「いっちょやってみよう!」と飛び込んでいく勇気を持ってほしいです」
森清之ヘッドコーチ
8月に法政オレンジと合同で行う合宿を経て、リーグ戦を迎える東大ウォリアーズ。コツコツと積み上げたストレングスをベースにした「未来を切り拓くフットボール」。その真価が問われる秋を前に、この夏も肉体をひたすら研鑽する。
※ソイフィットプロテインバーとチャージアップは現在終売しております。